私の摂食障害ストーリー【6】まだまだ続く過食と拒食との葛藤劇

前回の 私の摂食障害ストーリー【5でお話ししたように、本来なら若さと希望で光り輝いているはずの中学、高校、大学時代を、摂食障害とともに過ごしました。

将来への学びに使うべき貴重な時間やお金を、ひたすら自分を壊すために費やしていたのです。

社会人となっても相も変わらず、過食と拒食の堂々めぐりで、いたずらに時は過ぎてゆきました。

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ストレスに負け続けた20代

大学はなんとか卒業しましたが、摂食障害のあれこれに翻弄され続けていた私は、ろくに勉強もせず、大人としての対人関係も学ぶことなく社会人となりました。

過食、そしてそれを相殺するための拒食、そしてまた過食。

この愚かなサイクルが、すっかり私の生活の一部になっていました。

激務と複雑な人間関係に疲れ果て 

内勤の事務職希望だったにもかかわらず、最初に入った会社では外回りの営業で、私には厳しすぎる仕事でした。

その後いくつかの会社に転職しましたが、合わない業務、厳しいノルマ、慣れない人付き合いなどで神経をすり減らし、体調は最悪でした。

ストレスによる胃痛や腹痛は日常的にあり、全身の蕁麻疹、血尿を目にしたことも度々あります。

過食による現実逃避

うつ症状がますますひどくなり、精神的にも肉体的にも限界を感じていました。

辛い時ほど激しく自分を傷めつけ、泣き喚いていました。

それしかない、そうする他にどうすればよいのかがわからなかったのです。

だって、これまでの人生でもずっと、いつも食べものを使って現実から逃げ続けていたのだから。

問題に正面から向き合って平和解決をはかるなど、やったことがなかったのだから。

私、もう死んでもいいですか?

こうして、摂食障害とともに生きる日々が10年を過ぎ、心身ともに限界を感じた私は、いつしか死を望むようになっていました。

会社が怖い。仕事が怖い。人が怖い。社会が怖い。

でも、一番怖かったのは、自分の奥に住み着いた醜い魔物でした。

魔物を道連れに生きる人生なんてもうまっぴらだ…と。

魔物を招き入れ、ここまでのさばらせてしまった責任は間違いなく私自身にあります。

でも、追い出す方法がどうしてもわからない。。。

死では何も解決しない

未知の世界である死へと急ぐことは、ちっとも怖くはありませんでした。

しかし、私はなかなか実行にうつすことができませんでした。

なぜなら不思議なことに、私がいよいよ覚悟を決め、時期を見計らっているタイミングに限って、身近な人が自ら命を絶つということが何度かあったからです。

この偶然とも必然ともとれる出来事を通じて、家族や友人、同僚たちの悲しむ姿を目の当たりにすることとなりました。

「自分の命は自分だけのものではない」

「死によって問題は何も解決しない」

彼らの自死は、私にそう伝えるためだったのでしょうか?

もちろん本当のところはわかりませんが、私の命はその方々に救われた、そう感じずにはいられません。

そうだ、食べたら出してしまえばいい!

とある摂食障害体験者の著書の中で、食後に嘔吐するというやり方をはじめて知りました。

「入れたら出す」こんなシンプルで素敵なアイディア、今までどうして思い浮かばなかったのだろう。。。

出してしまえば、過食による自責の念から解放されることができる!

過食、拒食、また過食と延々に繰り返してきた私にとって、食べた分をすべて吐き出してプラスマイナスゼロにできるというのなら、これはもうやらない理由なんてありません。

過食嘔吐

でも、数回トライして見たものの、すぐにやめてしまいました。

私にとって吐くことはとても難しく、長時間トイレで頑張ってもすっきりできず、疲れてそのまま眠りこけてしまうこともありしました。

ならば…そうだ! 上からがダメなら下から出しちゃえばいいんだ。

下剤乱用

というような流れで、20代後半からの下剤依存がスタートしました。

下剤は習慣的に使用すると腸に慣れが生じ、適量では効きが悪くなってしまいます。

次第に服用量が増え、マイルドなものだと物足りなくなってしまい、さらに強い薬をもっともっとと求め続けるようになるのです。

合法的な治療薬とはいえ、これはもう立派な薬物依存状態。

腸機能がますます低下し、私はいつしか、下剤なしではまったく排便することができなくなっていました。

知識は一生の宝。学びを深めた30代

その後、在宅で仕事をするようになり、ずいぶんと救われました。

過食、下剤乱用は続いていましたが、会社勤めの息苦しさからは解放され、精神的にも時間にも少し余裕が生まれました。

15年、20年と時が過ぎ、もう摂食障害からは一生解放されることはないのではないかと、半ば諦めの気持ちなりかけていながらも、学びによって変化への礎をきずくこととなります。

情報環境の進化から見出した希望

今ほど量は多くはないにしても、この頃には徐々にネットや書籍などで摂食障害関連の情報を得ることができるようになっていました。

体験者の手記や医療機関における治療実績などを目にすることで、克服することは決して不可能ではないという望みを得ることができました。

また、ダイエットや栄養に関しての学びを深めるほどに、これまで自分がおこなってきた食行動がいかに無知ゆえの残酷なものであったかということを、今更ながらにまざまざと思い知らされました。

光を求めて前を向く決意

  • 食は心の問題と密接につながっていること。
  • 間違った食が引き起こした病は食を正すことで改善すること。
  • 思考は行動を変え、人生に大きな変化をもたらすこと。

たくさんの有意義な情報からこういった重大な真理に気づきを得た私は、40代にさしかかろうとする頃になってようやく、克服に向けて前向きに進む決意を固めることができたのでした。

続きは『私の摂食障害ストーリー【7】』で

こうして10代半ばから40代はじめ頃までの私は、いつも摂食障害とともにありました。

私は決して悲劇のヒロインなどではなく、愚かで淋しい独裁者でした。

呆れてしまうほどに、何度もなんども自分への虐待行為を繰り返しました。

でもこの罪は、赦しを乞うことができます。

そして、今後の人生で償うことができるのです。

次の 私の摂食障害ストーリー【7】では、ようやく踏み出した克服への歩みをお話しします。

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