私の摂食障害ストーリー【3】過激ダイエットによる心身のダメージ

前回の 私の摂食障害ストーリー【2】では、初めてのダイエットをどのように行ったのかということについてお話ししました。

わずか1ヶ月半という期間に8kgもの大幅減量に成功し、すっかり悦に入っていた私でしたが、10代半ばという成長期、特に女性としての成長に最も大切なこの時期に身体に与えたダメージは、何倍ものお釣りを伴って自らの身に降りかかってくることになりました。

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夢の世界に浸っていた私に襲いかかる体調変化

数々の努力が実を結び、自らの力で短期間のうちにダイエットを成功させることで友人達の鼻を見事に明かすことができ、一件落着とすっかり安心しきっていた私。

ほどなく、このような手放しの高揚感をあざ笑うかのような体調の変化を次々と自覚するに至ります。

体は超省エネモードにシフトチェンジ

私はダイエット期後半、ほとんど絶食に近い状態でした。

にもかかわらず、不自然なほど活発に動き回ってカロリー消費に努めていました。

身体は必要なエネルギーや栄養が得られなくなると、まず、生死と関わり低い部分の働きを次々と切り捨て、必要最低限の機能だけを稼働させることで、自らの生命を保とうと必死になります。

例えば、見た目の美しさや生殖に関わる機能などは、直接的に本人の生死との関わりが低いため、すぐに働きを弱めたり止めたりします。

少ない燃料を最低限の機能にだけ細々と使い、ただただ命が絶たれないよう、燃費のよい省エネモードに切り替わってしまいます。

つまりは、全身の代謝がどんどんどんどん低下していく、ということですね。

あれっ? いつの間にか生理が…

気がついたら生理は来なくなっていました。

女性としての成熟に欠かせない大切なものにも関わらず、当時の私にはその認識がまったくと言っていいほどありませんでした。

むしろ、月々の煩わしさから解放されることが好都合で、誰にも相談することなく、そのまま放置していました。

その後再開したのは、大学生になった約5年後のことです。

思春期という最も体が変化するこの時期に生理を欠いていたことで、その後もたらされた影響はどのようなものであるかは、想像に難くないかと思います。

女性として、大切な生理をないがしろにしていたことは、今、最も悔やまれることのひとつです。

冷え、関節痛、不眠、倦怠感…

自律神経のバランスが崩れると、さまざまな不快症状に次々と悩まされるようになります。

体温維持機能が低下し、冬場は家の外でも中でも常にブルブルと震えが止まりませんでした。

一方、夏は全身が熱く火照り、血管が膨張して毎日のように鼻血が吹き出し、貧血で倒れることがよくありました。

腰や脚の関節が痛み、接骨院のようなところで高齢のお年寄りに混じってたったひとり、中学生の私が温熱治療なるものを受けていました。

眠りが浅くなり、朝起きた時からすでにぐったりしていて、家ではいつもゴロゴロしていて、一日をぼんやりと過ごすことが多くなりました。

いつも疲れていて機嫌が悪く、仲のよい友達とも必要最低限の会話しかしたくありませんでしたし、家では親や兄弟にも度々当たり散らしていました。

高校受験に向けて勉強に集中しなければならない時期だというのに、いつも頭の中にもやがかかっているかのようで、机に向かってもまったくやる気が起こらず、そもそも椅子に座るだけの体力を保つのも難しい状態でした。

10代で肌も髪もボロボロに

自慢だったサラサラの黒髪はいつしか艶を無くし、抜け毛が増えました。

皮膚は赤黒くくすみ、肌表面がざらざらと粉を吹いたようになりました。

爪が薄くなり、何かを掴む時に思わずひっくり返ってしまうことがよくあり、痛い思いをしないように、常に深爪ギリギリ程度に短く切り揃えていなければなりませんでした。

視力が急激に低下し、涙液量が減ってドライアイとなり、コンタクトレンズが装着できなくなることがよくありました。

視界がかすみ、思考も定まらず、深く息苦しい靄の中に迷い込んでしまったかのようでした。

身体からの異常事態宣言を無視

他にも、10代半ばの私がこれまでに経験したことのない、さまざまな辛い症状に日々悩まされ、学業も何もかも身が入らない状態でした。

ですが、これが無理なダイエットの代償だとは信じたくはないという思いが強く、親にも誰にも相談せず、人前では変わらず何事もないかのように元気いっぱいの自分を、必死で演じていました。

身体が異常事態であることに警告を発しているにも関わらず、相変わらず絶食に近い状態を保ち、生きるために必要最低限の食事さえも口にすることが恐怖で、ことごとく拒み続けました。

絶対に以前の体型には戻りたくない、2度と友達に馬鹿にされたくない、という強い思いこそが、私にエネルギー源であり、どうにか命をつなぐことができていたのでしょう。

自分を自分で壊していたことへの懺悔

私は今、更年期真っただ中のアラフィフ世代。

40代半ばに摂食障害を克服した頃から、一般的に更年期症状とされる体の変化を感じるようになってきました。

ですが、今は以前とはまったく違うヘルシーライフで体調管理に気を配っており、いわゆる更年期障害といわれるような辛い症状に悩むことは一切ありません。

むしろ過激ダイエット後の中学生の頃の私のほうが、まるで更年期障害といわれるような状態に陥っていたのではないかと思うほどです。

自らを大切に扱うということ

健康状態は、自らの取り組み次第で良くも悪くもコントロールすることができます。

私は長い間、乱暴に傷つけ続けた心身への当然の償いとして、今はできる限りの労りをかける義務があるのだと、日々懺悔の思いで過ごしています。

言うまでもなく、健康的な生活によって、心も体も良好な状態でいることができます。

自らの健康状態の責任を一手に負っているのは、まぎれもなく自分自身であるということを、今さらながら深く深く噛み締めている次第です。

心身のケアを怠ることは自らへの虐待

その頃の私はまだ若く、知識も経験も少なく、人間としての器もできておらず、自分を強く健全に保つ軸も持ちあわせていませんでした。

そのような状態で無防備に突っ走った結果が、大切な自分自身を激しく攻撃することとなりました。

さらに、壊れた心身を修復しようともせずに放置し、その後ますます間違った方向へと進んでゆきました。

身体からの叫びを無視し続けた私は、どれほどまでに愚か者だったのかと、一生かけても償いきれないほどに、その罪はあまりにも重いと感じています。

続きは『私の摂食障害ストーリー【4】』で

このように、ほんのちょっとしたきっかけで取り組むこととなったたった一度のダイエットによって、私の心と体はズタボロに壊れてしまいました。

そして、正常な感覚が失われ私の心は、体からの叫びなどおかまいなしに、理性を振り払って暴走しはじめることにとなります。

そして、拒食、過食の魔のループに自らを縛り付け、摂食障害という深い深闇の底に引きずり落としてしまうのです。

このお話は、私の摂食障害ストーリー【4】に続きます。

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